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2017年

10月 
2日(月) 18時~20時 
4日(水) 18時~20時 
7日(土) 10時~12時 
9日(月)体育の日 
11日(水) 18時~20時 
14日(土) 10時~12時 
15日(日)25校戦 
16日(月) 18時~20時 
18日(水) 18時~20時 
21日(土) 10時~12時 
22日(日)女子大会 
23日(月) 18時~20時 
25日(水) 18時~20時 
28日(土)10時~12時 
29日(日)看護大会 
30日(月)18時~20時

 

 

 

 どのような経緯で現在この部があるのかということを重点的に書かせて頂きました。必然的に最近のことが多くなってしまいました。

 書くにあたって、関東医歯薬獣医科大学剣道連盟創立五十周年記念誌に当時主将だった小林夏樹先生(平成23年卒)が寄せた文章を参考にさせていただきました。

創部

 横浜市立大学医学部剣道部は、昭和41年(1966年)に松崎誠先生(昭和44年卒)を中心とする医学部の学生によって、当時医学部のキャンパスのあった浦舟の地に発足しました。

 初代部長に第一外科の和田達雄先生、OBとして横浜医科大学時代に剣道をされていた西郊文夫先生(昭和24年卒)、小俣照信先生(昭和26年卒)を迎えて本格的な部として活動が始まりましたが、体育館のなかった浦舟キャンパスでの稽古には苦労も多く、板張りの臨床講堂で足袋を履いて稽古をしたり、近隣道場や機動隊に出稽古に行くこともしばしばでした。

 その後、浦舟キャンパスに体育館が完成し、部としての活動は軌道に乗ってきましたが、試合で結果を残せない時期が続きました。

第一次黄金期

 転機となったのは現部長の上村博司先生(昭和60年卒)を始めとする先生方の試合でのご活躍でした。昭和55年に初めて東医体団体戦でベスト8に進出すると、翌56年医歯薬獣大会で高木精一先生(昭和58年卒)が個人戦弐段の部で準優勝、上村先生が参段以上の部で準優勝、翌57年には東医体団体戦でベスト16という記録を残し、上村先生は昭和57年、58年と2年連続で東医体個人優勝を果たすなど、まさに医学部剣道部の黄金期到来でした。

部員不足の時代

 その後、平成の世になっても諸先輩方の地道な日々の稽古の成果により十年以上も黄金期は続きました。しかし平成10年に伊藤悠亮先生(平成16年卒)が入部したのを最後に以降丸3年間新入部員が一人も入らず、平成14年の4月の時点で部員は病棟実習中の5、6年生だけとなってしまい、実質医学部剣道部の活動は休止状態となってしまいました。

 しかしこの創部以来の危機に対して、新たな転機が訪れました。この平成14年の春に入学した園田真樹先生(平成20年卒)が当時新入部員の勧誘も満足になかった医学部剣道部に入部し、新入生ながら勧誘活動を行い4名の同級生を新入部員として獲得したのです。

 その後はわずかながらも1年おきくらいの間隔で新入部員も入部するようになり、諸先輩方の努力によって大会に参加できるまでになりました。

 しかし本学は当時定員が非常に少なかったこともあり、新入部員が多く入ることはなく、毎回3~6人程度で稽古するという厳しい状況が依然として続いていました。また退部者が相次ぐなど部員も減少傾向で、試合においても東医体団体戦で一勝をあげることが10年以上できていませんでした。

第二次黄金期

 この状況を打破するために、また、当時最高学年だった小林夏樹先生(平成23年卒)、浦丸浩一先生(平成23年卒)と共にどうしても東医体の団体戦で1勝をあげたい、そういう思いから当時の幹部学年は半年以上前から新歓活動の計画を練り、ついに平成22年、徹底した新歓活動が功を奏し8名の新入部員を獲得しました。

 そしてその夏の東医体団体戦で横市医剣は念願の1勝を上げ、医歯薬獣大会での個人入賞、看護大会ベスト8なども果たし、勢いに乗り始めます。続く翌平成23年には過去最高の13名の新入部員が入部し、東医体では29年ぶりとなる決勝トーナメント進出を果たしベスト16にまで駒を進めました。

現在~

 部員は男女ともに数を増やし、現在では30名を超える大所帯となりました。平成26年には看護大会で木田真胤が、平成27年には医歯薬獣大会で宮田康生がそれぞれ優勝し、その他東医体や看護大会、女子大会でも結果を残しつつあります。今後もより一層の精進を重ね、成長していきたいと思っています。